2010年07月28日
最近は・・・
最近の全然更新してなかったので近況をちょこっとお知らせ。
スパ4も変わらずプレイしていますが
色んな格ゲーをやってみようかなと思ってます。
それでまず、最初にやってみたのが
餓狼MOWとKOFMIA

両者ともSNKの格闘ゲームです。
わかる人にはお馴染みの格ゲー会社。
久しぶりにSNKの格ゲーをやったのですが
どうもカプコン格ゲーばっかやっていると、コマンド入力が上手くいかないです。
これはなぜかわからないのですが、SNK側のほうは正確に入力しないと駄目っぽいような感じを受けます。
さて、本題の中身のほうですがガロウMOWのほうは、なかなか面白いんじゃないかと思います。
従来のガロウ伝説とは違うような感じで、どっちかというとKOFに近いような感じです。
またキャラクターが魅力的なキャラがいて・・・B・ジェニーがよかった。
むしろこのキャラがいるためだけに買ったようなもんですw
KOFMIAも、B・ジェニーとクーラがいたから買ったようなものですw
基本的に僕は気にいった女キャラがいるかいないかで、格ゲープレイするかしないかってことになります。
まあ、「てめーふざけんなー」って感じかもしれませんが・・・
でもマジな話、スト2が流行ったのはチュンリーがいたからっていうのは一つの要素だと思うんだよなw
男キャラしかいない格ゲーとか、どんなに作品の出来がよくてもまったくやる気にならないですねw
こればっかりは批判されようと、信念曲げられないわwww
ということで、魅力的な女キャラがいる格ゲー作品ありましたらぜひ僕にお知らせください。
ぜひとも、プレイさせていただきますwww
とりあえず、僕的にストライクなのは
金髪、グラマラスのどっちかがあればおk。
どっちもあれば最高!
どっちもあるのがB・ジェニー!
B・ジェニーさwwwいwwwこwwwうwww
ちなみにB・ジェニーってこういう感じ

セクシー義賊、現る!ってねw
やはり俺好みである。
口癖は「「あぁん、だっる~」です。
なので友達と格ゲーやって、勝ったときにこういってやりましょう。
「あぁんwだっる~www」と
100%キレるとおもいますwww
ま、使うのはほどほどにってことで☆
スパ4も変わらずプレイしていますが
色んな格ゲーをやってみようかなと思ってます。
それでまず、最初にやってみたのが
餓狼MOWとKOFMIA
両者ともSNKの格闘ゲームです。
わかる人にはお馴染みの格ゲー会社。
久しぶりにSNKの格ゲーをやったのですが
どうもカプコン格ゲーばっかやっていると、コマンド入力が上手くいかないです。
これはなぜかわからないのですが、SNK側のほうは正確に入力しないと駄目っぽいような感じを受けます。
さて、本題の中身のほうですがガロウMOWのほうは、なかなか面白いんじゃないかと思います。
従来のガロウ伝説とは違うような感じで、どっちかというとKOFに近いような感じです。
またキャラクターが魅力的なキャラがいて・・・B・ジェニーがよかった。
むしろこのキャラがいるためだけに買ったようなもんですw
KOFMIAも、B・ジェニーとクーラがいたから買ったようなものですw
基本的に僕は気にいった女キャラがいるかいないかで、格ゲープレイするかしないかってことになります。
まあ、「てめーふざけんなー」って感じかもしれませんが・・・
でもマジな話、スト2が流行ったのはチュンリーがいたからっていうのは一つの要素だと思うんだよなw
男キャラしかいない格ゲーとか、どんなに作品の出来がよくてもまったくやる気にならないですねw
こればっかりは批判されようと、信念曲げられないわwww
ということで、魅力的な女キャラがいる格ゲー作品ありましたらぜひ僕にお知らせください。
ぜひとも、プレイさせていただきますwww
とりあえず、僕的にストライクなのは
金髪、グラマラスのどっちかがあればおk。
どっちもあれば最高!
どっちもあるのがB・ジェニー!
B・ジェニーさwwwいwwwこwwwうwww
ちなみにB・ジェニーってこういう感じ
セクシー義賊、現る!ってねw
やはり俺好みである。
口癖は「「あぁん、だっる~」です。
なので友達と格ゲーやって、勝ったときにこういってやりましょう。
「あぁんwだっる~www」と
100%キレるとおもいますwww
ま、使うのはほどほどにってことで☆
2010年07月27日
元の日常
ようやく初七日が終わり、いつもの日常に戻ってきました。
ただ、いなくなってわかる事だけど、寂しいですね。
いつも下の名前で呼ばれていた声が聞こえなくなってしまった。
まあ、悔やんでもしょうがないです。
さてさて、一応人段落ついたので色々今回の事について書こうかなと思います。
とりあえず、疲れたという感想。
こんなにも葬儀が大変だとは思いませんでした。
急な事だったんで、周りは大慌ての状態。
僕はちょうど仕事している最中に亡くなったという知らせを聞いて、すぐさま職場に早退許可もらって
病院に直行したのです。
僕がついたときにはすでに故人は手ほどきがされていて、車に運ばれる状態でした。
正直、このときは「なにがなんだか・・・」って状態。
それで故人を一旦家に運んで、仮通夜の準備をしたのですがここで初めて故人の顔を拝見しました。
顔みて、なんとも言えない虚無感っていうかガッカリ感というのか。
それをすごい感じたのを覚えています。
周りは母親や姉含め、涙流していました。
それからまもなくお坊さんが到着して、お経を読んでもらったのですが
そこで、初めて親父(故人の息子)が泣いている姿を見ました。
自分の父親が泣いている姿など生まれてこの方初めてみて、僕のほうの感情もおもわず上昇してしまったのですが、そこはまだちょっと抑えてましたね。
お経が終わって、一息ってところで・・・周りを改めてみたら
すごい人が多いっていう・・・。
一軒屋だったんですけど、人が溢れるくらいかなり人がいたんで正直びっくりでした。
うれしさ反面、知らん人も多かったんで戸惑いましたが、せっかく来てくれた皆様方なので、こっちとしては精一杯の持成しをせねばいかんのです。
夜は夜で大変でした。
これは宗教によるのかな?
聞けば、葬儀が一通り終わるまで蝋燭の火とお線香の火を絶やしては駄目らしいということ。
つまりは、徹夜をして火の管理をしなきゃいけないってことです。
これがけっこう辛いんですよ。
喪主や施主は次の日に備えて、眠りにつかなきゃいけないので必然的にそういう役目は孫の僕らが
やらなきゃいけないのです。
これが二晩続いたので、三日目はかなり辛かった。
そんなかんだで、翌日。
通夜当日なんですが、朝から弔問客がいっぱい訪れますのでそれの応対で追われてました。
気付いたら午後になっており、そろそろ通夜の準備のために喪服に着替えをして夜に備えないと・・・という事を考えてました。
それで、故人を通夜会場に運ぶ前に故人の体を拭いてあげたり、装束着せたりとしたのですが
またそれで故人の顔を見なきゃならんので、それが本当に辛かった。
わかる人にはわかるけど、顔見るのが本当に・・・辛い。
そして、準備が終わり故人を別の大きい会場に運んで、通夜本番を迎えました。
おかげ様?っていうのはあれだけど、すごい人数でした。
あんなに弔問にくるとは、俺含め喪主や親戚も思っていなかったです。
ここで改めて、故人の人脈と人柄にただ感心するばかりでした。
一通り通夜が終わった。
しかし、あれだけの人数だったんで
まあ、必然的に宴会になりますわな(苦笑)
喪主は施主は、親戚とかに挨拶や酒を注いであげたりしなきゃいけないので、見てる限りではすごい大変に見えました。
僕も、忙しい喪主や施主に代わっておつかい事が頼まれたのでそっち方面でサポート。
ある程度落ち着いたら、皆は眠る時間なので今度は二日目の見張り番です。
ただこのときはひさしぶりに集まった、親戚の年の近い皆でお喋りしながらって感じで、そこまで苦ではなかったけど、僕は途中でスリプルでした・・・w
そして最終日の告別式。
一通りお経やお別れの言葉が済んで、最後に故人の顔を見てお花を手向けるんですが・・・
ここで、ついに号泣してしまった。
なんかすごい故人との思い出を振り返って、感情が高ぶってしまった。
僕の場合は、近年はほぼ毎日接していたのでなお更でした。
自分の事を下の名前で呼んでいる声が耳に残る。
そんな事を考えていたら、切なくなった。
本当に残念でならんかった。
そして、故人を立派な車に運んで施主から一言挨拶して出棺。
火葬場に着いて、火葬を行ったわけです。
ここはあんまり書かないことにします。
あんまり行きたいくないね、ああいった場所は。
それで、遺骨を持ち帰ってお経を読んでもらって一通り終了。
うちの親たちは参列者に挨拶や忌中引きや香典返しの打ち合わせで忙しそうでした。
僕は今回、そういう分野にはノータッチでしたが、
当事者になるとすごい大変だろうなってよく感じました。
本音言えば、やりたくないね(苦笑)
とまあ、こんな三日間でした。
ねぇ、読んでいるだけでも疲れるでしょう?(苦笑)
ほ、ほんと、た、大変だったんだから!
そういえば、僕の同級生の知人が参列してくれたのですが
たまたま僕と鉢合わせになって、一言。
「オタク臭、消えてるわ・・・」
なんか言われて、切なくなった・・・w
まあ、あの場限りでは普通の人に戻ってましたよw
今回なんで、こんなことを書こうかなと思った理由はこういう事があったっていうことをぜひ知ってもらいたかったからです。
あんまりこういうのを書くのはよろしくないのかも知れないけど、忘れちゃいけないような事なので
文章化したかった。
世界中、毎日人が亡くなってるし、毎日どこかで通夜や告別式は行われています。
それらの多くは関係のないことなのかも知れない。
しかし、僕はこういう事があったよということを残しておきたいし、知ってもらいたい。
だって、それが今生きている僕達の役目だから。
そういった意味では、こういう機会をくれた故人に感謝しています。
また、今回の故人を偲んでくれた皆さんにこの場で改めて御礼を言わせていただきます。
「有難うございました」
ただ、いなくなってわかる事だけど、寂しいですね。
いつも下の名前で呼ばれていた声が聞こえなくなってしまった。
まあ、悔やんでもしょうがないです。
さてさて、一応人段落ついたので色々今回の事について書こうかなと思います。
とりあえず、疲れたという感想。
こんなにも葬儀が大変だとは思いませんでした。
急な事だったんで、周りは大慌ての状態。
僕はちょうど仕事している最中に亡くなったという知らせを聞いて、すぐさま職場に早退許可もらって
病院に直行したのです。
僕がついたときにはすでに故人は手ほどきがされていて、車に運ばれる状態でした。
正直、このときは「なにがなんだか・・・」って状態。
それで故人を一旦家に運んで、仮通夜の準備をしたのですがここで初めて故人の顔を拝見しました。
顔みて、なんとも言えない虚無感っていうかガッカリ感というのか。
それをすごい感じたのを覚えています。
周りは母親や姉含め、涙流していました。
それからまもなくお坊さんが到着して、お経を読んでもらったのですが
そこで、初めて親父(故人の息子)が泣いている姿を見ました。
自分の父親が泣いている姿など生まれてこの方初めてみて、僕のほうの感情もおもわず上昇してしまったのですが、そこはまだちょっと抑えてましたね。
お経が終わって、一息ってところで・・・周りを改めてみたら
すごい人が多いっていう・・・。
一軒屋だったんですけど、人が溢れるくらいかなり人がいたんで正直びっくりでした。
うれしさ反面、知らん人も多かったんで戸惑いましたが、せっかく来てくれた皆様方なので、こっちとしては精一杯の持成しをせねばいかんのです。
夜は夜で大変でした。
これは宗教によるのかな?
聞けば、葬儀が一通り終わるまで蝋燭の火とお線香の火を絶やしては駄目らしいということ。
つまりは、徹夜をして火の管理をしなきゃいけないってことです。
これがけっこう辛いんですよ。
喪主や施主は次の日に備えて、眠りにつかなきゃいけないので必然的にそういう役目は孫の僕らが
やらなきゃいけないのです。
これが二晩続いたので、三日目はかなり辛かった。
そんなかんだで、翌日。
通夜当日なんですが、朝から弔問客がいっぱい訪れますのでそれの応対で追われてました。
気付いたら午後になっており、そろそろ通夜の準備のために喪服に着替えをして夜に備えないと・・・という事を考えてました。
それで、故人を通夜会場に運ぶ前に故人の体を拭いてあげたり、装束着せたりとしたのですが
またそれで故人の顔を見なきゃならんので、それが本当に辛かった。
わかる人にはわかるけど、顔見るのが本当に・・・辛い。
そして、準備が終わり故人を別の大きい会場に運んで、通夜本番を迎えました。
おかげ様?っていうのはあれだけど、すごい人数でした。
あんなに弔問にくるとは、俺含め喪主や親戚も思っていなかったです。
ここで改めて、故人の人脈と人柄にただ感心するばかりでした。
一通り通夜が終わった。
しかし、あれだけの人数だったんで
まあ、必然的に宴会になりますわな(苦笑)
喪主は施主は、親戚とかに挨拶や酒を注いであげたりしなきゃいけないので、見てる限りではすごい大変に見えました。
僕も、忙しい喪主や施主に代わっておつかい事が頼まれたのでそっち方面でサポート。
ある程度落ち着いたら、皆は眠る時間なので今度は二日目の見張り番です。
ただこのときはひさしぶりに集まった、親戚の年の近い皆でお喋りしながらって感じで、そこまで苦ではなかったけど、僕は途中でスリプルでした・・・w
そして最終日の告別式。
一通りお経やお別れの言葉が済んで、最後に故人の顔を見てお花を手向けるんですが・・・
ここで、ついに号泣してしまった。
なんかすごい故人との思い出を振り返って、感情が高ぶってしまった。
僕の場合は、近年はほぼ毎日接していたのでなお更でした。
自分の事を下の名前で呼んでいる声が耳に残る。
そんな事を考えていたら、切なくなった。
本当に残念でならんかった。
そして、故人を立派な車に運んで施主から一言挨拶して出棺。
火葬場に着いて、火葬を行ったわけです。
ここはあんまり書かないことにします。
あんまり行きたいくないね、ああいった場所は。
それで、遺骨を持ち帰ってお経を読んでもらって一通り終了。
うちの親たちは参列者に挨拶や忌中引きや香典返しの打ち合わせで忙しそうでした。
僕は今回、そういう分野にはノータッチでしたが、
当事者になるとすごい大変だろうなってよく感じました。
本音言えば、やりたくないね(苦笑)
とまあ、こんな三日間でした。
ねぇ、読んでいるだけでも疲れるでしょう?(苦笑)
ほ、ほんと、た、大変だったんだから!
そういえば、僕の同級生の知人が参列してくれたのですが
たまたま僕と鉢合わせになって、一言。
「オタク臭、消えてるわ・・・」
なんか言われて、切なくなった・・・w
まあ、あの場限りでは普通の人に戻ってましたよw
今回なんで、こんなことを書こうかなと思った理由はこういう事があったっていうことをぜひ知ってもらいたかったからです。
あんまりこういうのを書くのはよろしくないのかも知れないけど、忘れちゃいけないような事なので
文章化したかった。
世界中、毎日人が亡くなってるし、毎日どこかで通夜や告別式は行われています。
それらの多くは関係のないことなのかも知れない。
しかし、僕はこういう事があったよということを残しておきたいし、知ってもらいたい。
だって、それが今生きている僕達の役目だから。
そういった意味では、こういう機会をくれた故人に感謝しています。
また、今回の故人を偲んでくれた皆さんにこの場で改めて御礼を言わせていただきます。
「有難うございました」
2010年07月21日
おつかれさまです。
ほんと、言葉がでなかった。
「亡くなった」って、聞いた瞬間
わけがわかんなかった。
すぐさま、病院いって
顔みた。
すごい、安らかな顔してた。
でも、顔面が黄疸で黄色くなっていて
やっぱ・・・っていう感じだった。
しばらくはまったく現実を受け入れる事ができなかったです。
ほんと、冗談だろって・・・。
でも
親父が
はじめて、泣いたんです。
生まれてこの方、自分の父親の泣いた顔はみたことがなかった。
俺はその瞬間みて、本当に切なくなって
そこで、目に涙がたまりました。
この2、3ヶ月は大変でした。
休みの日や、暇なときは見舞い等で自分の時間がここ最近なかった。
それでも
俺は孫だし
小さい頃からずっと近所で
大事な肉親でした。
本当に・・・残念すぎる。
もう、この世にはいない。
でも、俺は忘れないから。
立派な方でした。
本当に今まで有難う
そして、おつかれさま。
「亡くなった」って、聞いた瞬間
わけがわかんなかった。
すぐさま、病院いって
顔みた。
すごい、安らかな顔してた。
でも、顔面が黄疸で黄色くなっていて
やっぱ・・・っていう感じだった。
しばらくはまったく現実を受け入れる事ができなかったです。
ほんと、冗談だろって・・・。
でも
親父が
はじめて、泣いたんです。
生まれてこの方、自分の父親の泣いた顔はみたことがなかった。
俺はその瞬間みて、本当に切なくなって
そこで、目に涙がたまりました。
この2、3ヶ月は大変でした。
休みの日や、暇なときは見舞い等で自分の時間がここ最近なかった。
それでも
俺は孫だし
小さい頃からずっと近所で
大事な肉親でした。
本当に・・・残念すぎる。
もう、この世にはいない。
でも、俺は忘れないから。
立派な方でした。
本当に今まで有難う
そして、おつかれさま。
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